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【ネタバレあり】神の火(髙村薫)を読んだ

髙村薫「神の火」の新装文庫版上下巻をようやく読んだ。元々はソビエトのスパイものの勉強のために手を出したのだけれど、実際にはスパイものとしてよりも国家機密を巡るミステリーとしての色が強かった。

 

しかしそれ以上に圧倒されたのは髙村薫の特徴でもある緻密な取材に裏打ちされた圧倒的な精度を持つ情景描写だった。大阪あいりん区の街並みから冬の若狭湾の暗く湿っぽい海の描写まで、読者の想像力を押しつぶすまでの描写が続く。読んでて面白いとかそういう次元ではなく、この緻密な描写によって物語の写実性が増し、臨場感と緊張感を醸成する。


その一方でキャラクターたちはどこか非現実的だった。このギャップが面白いのかもしれない。主人公の元技術者で、現在は学術書出版社に努め(それも退職するが)、元はソビエトのスパイであり、後にテロリストとなるクウォーターの主人公島田(もうこの時点で属性てんこ盛りである)。島田の旧友で野蛮で粗暴で半分ヤクザであり、暗部の恐ろしさと子供のような無邪気さを併せ持つ日野、島田をスパイに仕立て上げた育ての親とも言うべき男で、ダンディズムの化身である江口。島田の前に現れたソヴィエト出身の金髪蒼顔、そして彼もソヴィエトのスパイである高塚。

これくらいが主要人物だ。男だらけであるが、なんともまあべたべたとした男同士の友情というか確執が随所に散らされ、それは物語を追うごとに強くなっていく。

この感じは、ある意味セカイ系っぽいなと思った。いやなんでもセカイ系言うんじゃねえって話だな。うん。訂正します。

 

 

ということでちょっとその感覚について書いておくわね。

 


神の火のクライマックスはすべてを投げ捨てた島田と日野が若狭湾にある原発にテロを仕掛けるというものだ。テロの後、島田と日野は原発施設から脱出する手はずだったが、日野はライフルを片手に残り、警察と撃ち合いをすると言って脱出を拒否する。その日野を島田は説得することもせず、ただ抱き合い、背中を叩き、あっさりとした別れの言葉を口にして今生の別れを告げる。


このやりとりが、小学生くらいの自分の感覚に似ていてどきりとした。家庭と学校という狭い世界だけで生きていて、信じられるものは家族よりも毎日学校で長い時間を過ごす友達だった。友達との縁だけがすべてと言っていい頃。そしてまだ恋愛感情というものが芽吹いていない頃だ。

 


この時期に出来た友人とは、どれだけ期間が空いたとしても、再び出会えば「久しぶり」くらいの挨拶を済ませればすぐに”あのころ”に戻ってしまう。緊張感も探り合いも無く、何より相手を尊重して深入りすることも意見することもなく時間を過ごすことが出来る。もちろん、幼少期と比べて変わってしまったところなんていくらでもあるけれど、それはすべて「こいつも色々あったんだろうな」の一言で片づけてしまうのだ。そんなある意味幼稚で、ある意味神聖な関係を紙の上から見ることが出来たのは幸運としか言いようがない。この関係性が、原発にテロを仕掛けると言う荒唐無稽な計画の理由としているのは、ドラマ作りとしては上手いと思った。だって、理由じゃないんだものね。

 

 

 

 

それにしてもオチはちょっと物足りなかった。下巻の半分以上を割いて原発へのテロ計画の準備(それこそ、爆弾の調達、潜水服やらザイルやらの調達とテスト、から海上での施設の観察それも監視カメラひとつひとつのレベルまで、地図を用いた侵入ルートの算出、従業員数の計上に至るまで)の描写を積み重ね、いざ計画を実行し、それがすべて終わった所で……うんやめとこう。というか壮大な計画の根底が無邪気な好奇心な時点で、オチは難しいというかそれを納得させるオチを用意することはできないだろう。作者の気持ちになって考える(みんなも勉強したよね。僕国語の成績良かったんで得意なんですこれ)とそんなもんかなという感じ。

 

 

 

あとは全然関係ないといえば関係ないのだけれど、なんか好きな女性作家さん大体大阪というか関西出身なんですよね。で、そうなると所謂日常パートが関西になってることが多くて、会話も関西弁ばっかりになってしまうんですよね。ウルトラ個人的な理由なんですが関西弁あんまり好きじゃなくて……いや耳障りとかそういうことじゃなくて、文字として関西弁を起こした時に簡単に誰が話しているのか、どういう状況のかが明示されてしまうのが嫌なんです。なんか安直に思えて。そういう理由でカギかっこが並ぶあのSS形式も好きじゃないんです。楽するのが嫌いらしい。うん、自分アホくさ。

 


そのうち書くけれどC97の新刊の参考にしようと思って読んでた本がこの神の火なんですが、実際には1巻読み切って2巻さしかかる辺りで原稿作り始めてました。やったらめったら長い生活パートがあるのは明らかにこの神の火の影響ですね。でもキャラクターの関係性の深さや実在性()を高めるための一つの方法として有りと思ったんですがどうでしょう。元々住んでいた新潟が舞台だから、緻密に書こうと思えばいくらでも書けてしまうので、逆に加減が難しかったですね。もう少しあっさりかけるようになろうと思った次第。

 


元々この話は某同人作家の渡辺零(https://twitter.com/watanabe678)さんが昔言っていたのを思い出し、ソビエトが云々だったな~~~ということがフックとなって手に取ったという経緯があります。その時、渡辺さんは「男同士の湿っぽい話」ということをおっしゃっていて(もっと他にも言っていたはずだけどこの一言が一番僕の記憶に残っていた)、それを期待していたんですが、大変そのとおりでした。

 

恋愛とかじゃなくてこの相手への執着と言うかなんというか。特に高塚(フルネームは高塚良で作中では良と書かれているので、以後良と書きます)の登場から退場の仕方と絡ませ方は見事でしたね。田舎の祭りの最中に出会い、そして大阪で再開し、時折交わすロシア語での会話は秘密のやり取りで、この関係の作り方もまた子供っぽさが見えてワクワクするわね。

 

そして具合の悪そうな良に何かと世話を焼く日野と島田という構図も、初めて後輩が出来た小学生高学年男児感があって、それは幼稚さというよりも逆に人の精神構造の根底に触れているような感じがした。作者は女性だからこそ、こういう男性の幼稚さを見抜いているのか。そういえば髙村薫は結婚しているのかしら。調べたけどわからないが、ここまで男性を抉っていると生身の男性が魅力的に見えないかもしれないなと思った。生々しくてかっこよくはないもの。そして身勝手。男って本当に仕方ないわねという感想しか出てこない。

 

 

それにしても読むのが大変な作品だった!けど最高傑作として名高いマークスの山とかリヴィエラを撃てとかレディ・ジョーカーとか大作が控えているのでいつか手を出したいとこですね。

 

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